昭和五十三年七月三十日朝の御理解
御理解第四節
この方金光大神あって、天地金乃神のお陰を受けられるようになった。この方金光大神あって、神は世に出たのである。神からも氏子からも両方からの恩人は、この方金光大神である。
金光大神の云うことに背かぬよう良く守って信心せよ。まさかの折には天地金乃神と云うにおよばぬ。金光大神助けて呉れと云えば、お陰を授けてやる。
両方からの恩人と、果たしてお陰を受けた私くし共からは、確かに金光大神は大恩人です。けれども天地の親神様から、この方金光大神あって神は世に出たとおっしゃって居られるが、果たして、天地金乃神様が、金光大神のお陰でわしが世に出たと云うだけではなくて。
世に出て、いわゆる天地金乃神のお陰が、真実頂けるようになったという事が神様のお喜びであり、始めて金光大神のお陰で、金光大神の取次の働きで、神が世に出たと云う事になるのであって、果たしてどれだけ、天地金乃神様が世に出てござるだろうかという事で御座います、ね。
これは、金光教始まって例えば百年の間に沢山な人がお陰を受けてきた。成程、金光大神のお陰で、金光大神のお取次のお陰で、まあ無い命を頂いたり、開けない道が開けたり、まあ様々にお陰を受けて来た。
けれども、天地金乃神様の願いというのは、ただ人間が病気を救うてもろうたり、開けん道が開けたというだけでは、これは神様が、金光大神を恩人とまで云われる所には至っていない、ね。
天地金乃神様の願いは、世界総氏子が助かって行けれる手立て、云うならば、宗教以前の宗教。今合楽で金光教の事をまあ申して居りますけれども。
そう云う信心を打ち立てて、そこから世界中の者が助かられる手立てが出けると云う事。そう云う手立てが出けた時に始めて天地金乃神様が、金光大神お前のお陰で、わしの願いが世界中にこれから広がるだろうと、神様がお思いになる時に、始めて金光大神あって始めて神が世に出られる事に成られるのではなかろうか。
今までの金光教で果たして、金光教が世界中に広がって行くような、内容を極めた物も無かったし。又そういう手立てもしなかった。
合楽が誕生すると同時に、始めて合楽の世界云うならば、神も助かる氏子も立ち行く、云うならば合楽の世界と云うのは、神様と氏子とが、ね。
本当に喜び合えれる世界、ね。そう云う世界が出来た時に始めて神様、金光大神、お前のお陰でとおっしゃる時ではないだろうか。
そういう内容を持った金光教の信心であり又、そう云う事を、教祖金光大神は教えて居られるのだけれども、そこに言わば気が付かなかった、と云うのが過去の金光教ではなかったろうか、と云うふうに思います。
お徳を受けられ、力を得られて、大きな教会が出けたり沢山な人が助かったり致しました。
確かに、それは何処までも人間氏子が助かった、と云う程度に留って居ったという事です。
ただ助かりたい助かりたいというのが集って、助かったというだけであって、ね。神様と喜び合える世界というものは生まれてなかったという事、ね。
人間だけは助かっていった。けれども神は一つも助かっておらん。とま、その分りやすく云うならそう云う事になるのです、ね。
「あいよかけよで立ち行く、神も助かり氏子も立ち行く」とこう云われるが、そのあいよかけよで立ち行くという事が、まあ至る所必ずそういう言葉が使われるのですけれども、全然無いじゃあない。
例えば、親切な人があって荷物の大きい荷物を持っておる。「私しが半分持ってあげましょう。」いや、「私しが持って行ってあげましょう。」と云うた人が有った。
はあ、あの人の恩になっとったから、今度自分に力が出来たらあの人のば持ってあげよう。ま荷物の持ち合いをした程度で、ただあいよかけよと云うて居ったという事になるのです。
今までの金光教は、まあ普通でいうならまあ親切と云う程度じゃん、ね。合み互いだ。自分が重い物持っておる時はあの人が持って下さる。あの人が重い物を持ってござる時は、こっちが重い物を持ってさげて上げようという程度の事であった。云うならば合楽し合える世界ではなかったと云う事、ね。
それもだから、序の口と云えば序の口なんです。だからそう云うなら金光教始まって百年の、序の口の所を何時までも何時までも、たどって居ったんでは、いわゆる金光大神に対して天地の親神様が恩人だ、と云うて居られる様な事になって来ない。
まさしく、金光大神は天地金乃神の恩人だと。天地金乃神様がそう云うて喜んで下さるという事は、神様自身も喜ばれる世界、ね。
氏子は、まあ無い命を助けて頂いた、開けん道が開けたと云うて喜んでおる、ね。
それもなら、神様の喜びで無いという事はない、子供が助かって行くのを見て喜ばん親はないはずだけれども、親自身が真からの喜び。合楽し合う喜び、というものには非常に遠かったという事、である、ね。
そこでなら、あいよかけよという事は、合楽ではどういう事かと云うと、氏子が神様任せなら、神様が氏子任せに成られると仰せられますからという。そういう世界、ね。
私くし共が、云うならば身も心も神様に捧げた。云うなら身も心も神様任せになった、ね。そこに神様がいよいよ氏子任せに成りなさらなければならない働きが生まれてくる、ね。
そん時に始めて神と氏子とが合楽し合ったという事に成るのです、ね。そうでしょう、ね。
その合楽し合える所から生み出されくるお陰じゃなからなければ、神の本当のお陰という事にはならんのです。
ただ、じだんだ踏んで頼むけんお陰をやったというお陰が現れておっただけでは、ね。神様と合楽し合える、そこにどうでも私くし共がもっともっと信心を深めて、成る程この神様になら身も心も捧げてよい、許してよい。そこに始めて神様との合楽が始まる、ね。
私くしは、あいよかけよという事は、成る程今云う荷物を持ってあげましょう。ならこの頃私んとば持って貰ったけん今度はあんたのを持ってあげましょう。
その程度にしか、金光教百年の間に信心はそこまでしか進んでいなかった様に思う。身も心も任せてあう、許し合う、そこから生み出されてくるお陰、そういうお陰が立ち現れて来る時に始めて、ね。
神も喜び氏子も喜びという事になる。その仲立ちをなさる、金光大神も又喜びと云う事になるのです。
なら生み出されて来るお陰と云うものが、ならどういうお陰になって来るかと、ね。もうそれこそ足ろうたお陰という事になって来るのです。
昨日は、丸少が田主丸商工会から依頼を受けて。何か夏の売出しのまあ、毎年、今年もお湿りだから行くとか、行かんとか云いよったけれど。又、向こうからわざわざお願いに見えましたから、夕方から参りました。
此のあのバンドの人達ばかり。大変まあ喜んで貰うて、受けが良かったと云う話で御座いますけれども。
合楽の場合に、云うなら合楽の歩みというものをじっと思うて見ると、小さいなら小さいながら、何時も総べてが足うておったという感じがします、ね。
昨日は、敬親会でも御座いました。ですから六十五以上の八十いくつ、九十近いおばあさん達も皆集って。そして信心の研修をするのですが、昨日研修ん時に話した事でした。おそらく六十五以上の老人が毎月こうやって集って、信心の研修をするというのは恐らく日本では合楽教会だけじゃあないだろうか。
そりゃあ、丸少を育てにゃならん青年会を育てなければならない。それはそういう、丸少が次の時代を担う所の信心を継承させなきゃならん。それでま大事にして青年会だ丸少だとこういう。
もう六十五から先に成って、もう何年かしか生ききらんとば集めて、いくらしたっちゃ教会に、まあいうならばご迷惑を掛けるだけであって、この人達に働いてもらうといった所はもう無い訳なんです。だからそげな事つにゃもう皆んなが手を付けない訳です。
所が合楽の場合は、云うならここ教会始まってこの方云うなら、そういう年寄りの方達を、しかもね、云うならば一番あの世に行くのに近い人達ばっかりを集めてです。
も本気で、あの世行きのそれもね湿ったりと云ったものではなくて、昨日を忘れて今日を喜びそして、明日を楽しませて頂くという、その研修は何時も芯はそこなんです。
そういう意味で昨日は本当に素晴らしいと思いました。だから合楽の敬親会の方達は、もちっと喜ばにゃいけないよ、ち。
もう合楽の教会だけだよ、こういうあのう云うならばもう姨捨山にやらにゃんごたるとば皆集めて信心の稽古をする、てんなんてん云うとは、ね。
教会の為にならなければやらないと云ったような傾向が多いのに、云うならそういう年寄りの方達がですね、いよいよ有難い死生観ね。本当に昨日をもう忘れなさい。今日をしっかり喜ばせてもらいなさい。
もう貴方達の場合なんか、生活がかかっておるわけでも無からなければ、何不自由一つしとる訳ではないのだから、嫁御やら、孫達の云うならば、対して不平不足どん云うだんじゃあない。御祈念係としても、喜ぶ事だけに専念しとればよい身分の人達ばっかりなんだから、ね。
それで、いよいよこの心の状態を持って行けば合楽行きは間違い無い、極楽行きゃあ間違い無いと云うような、云うならば死生観、難しゅう云うと、が生まれて来る程しの信心をさせて頂く為にね、昨日を忘れて今日を喜ばせて頂かせてもろうて、明日を楽しませてもらいなさい。
中に一人、その昨日はお湿りだったから自分かたの花畑の花を、根からいっぱい持って見えてある。
昨日、私くしは親教会にお中元の御挨拶に行って居りませんでしたから、昨日やらせて頂いた。私くしが行っとる事が分っとるもんだから、私くしを玄関でつかまえて、玄関でその事を云おうと云うので、玄関にちゃんと待ってありました。
先生、実はここでお願いしますが、私くしが今日花をいろいろ持って来きとります、とだからこの花は私と思うて何処かに植えといて下さい。
何時お別れせんなんじゃ分らんけん、どうぞこの花を教会の何処かに植えといてくださいともう、暇ま乞いのような挨拶をされるんです。
その事を取り上げて昨日の研修の時話した事でしたけっれども。「あげなこつは云いなさんなよ。私は悲しゅうなったよ」ち。
「もう来月は、来られんごたる感じじゃなかったの。そげなこつじゃないよ。」と、ね。
それこそ、お国替えのその日まで云うならば喜ばして頂く、楽しませて頂く、ね。何時死ぬるじゃろかてんなんてんいう事、死ぬる用意じゃなくて、生きる用意をせよとおっしゃるからそういう考え方はいけないよ、と云うてまあお話をしましたが。
いくらも、お年寄りの方が、いんや私どんもやっぱりそげん思いますと。
ほんとに今日、そういう思いは変えにゃいかん事が分った、と云うておられましたがね。
その為にいよいよあんた方がね、いよいよ合楽行きを願わさせて頂くならばですね。
あんたがたの財産の全部とは云わん、隠居なら隠居のお金、隠居の田地があるならばそれだけはせめてね、私くしが亡くなったならば、これを合楽教会に奉納して下さい。と云うて遺言ば書いときなさい。もう絶対合楽行きの、極楽行きの、光の道しるべに必ずなるよ、というような事がですよね、一つも抵抗なしに話し合える。
これは、本当にこのおばあさん達、おばあさんと云うて、こっちも六十五にもなるとじゃから。なら、その六十五以上のおじいさん、おばあさんはです、死んだ先の事まで、本当に私くしが心配をするから云よるとよ、と云うて話せれるその雰囲気というのはすばらしいんです。
欲とか得とかで云うこつじゃなかて、この人達が本当にあの世での光明世界に住むことの為に、ね。今は我情があって、我欲があって離そうごとなかろうばってん。死んだ先、何になるのとそれば、孫にどん残してから、子供に残して、かえってばい菌のついたぼた餅ば残しとる様な結果にどんならんように、絶対自分が助かる事の為に遺言だけは書いときなさい。
と云うてね、繰り返しそういう話を聞いてもね、おばあさん達がいやな顔もしなければ、ほんにそうですの、ちいうふうで頂ける雰囲気があると云う事は、素晴らしい信心研修だなあと私くしは思いました。
これは又、絶対なんだから。だから私くしを信ずるならば、それを一つ、元気なうちにね、これだけは私の隠居田地というのは、私くしが死んだならば、これは私くしのあちらえの道しるべ、光ともなるものだから、惜しげあしげなしにこの財産だけは合楽に献納して下さい、と云うて遺言ば書いときなさいとこういう訳なんです、ね。
そういう話が出来れる、年寄りばかりの研修てなんてん、恐らくは日本に合楽だろうと云うてまあ話した事でした。
先生がも本当に、私くしどん年寄りが集ると遺言のこつばっかり云いなさるというものが一人もいない。だから又次の月も皆見えとる、ね。
それに、私くしが我情があったり我欲があったりして、婆さん達の財産ば取上げるちゅうごたる気持ちがあって、云うならば抵抗もあらでしょう、そう云う話も出来ません、けれども。そういう有難い雰囲気が、ぎりぎりの話が出来るという事は有難いと云うことです、ね。
云うならば。今日は、私くしはこの事を云うのはね、昨日は丸少のそういう事でしたが、今丸少が、丸少だけが九十二名、ね。百なんぼの方達が今ここで信心の云うならまあしとります、ね。
云うなら、それには昨日は、婦人会のこんど婦人会の婦人信徒大会の話し合いも昨日有って居りました。
壮年会、青年会、あらゆる会。その中には又自分たちのグループの会。菊栄会、松栄会、ね。もうあらゆる場で。
例えば、御大祭なら御大祭、はあお供えは多かったがお参りは少なかった。あそこに典楽があるならばほんに良かばってん、というような事じゃなくて、典楽なら典楽もその楽器の総てが揃うて、ね。
いわゆる二十数名の楽人が揃うておると云ったような教会はまずなかろうごたる。
ほりゃあもう、信者はどんどん助かるばってん、あれが無いこれが無い、いうなら足ろうとらんという事なんです。有難いのは、この程度ではありますけれども、足ろうて居るという事です。その足ろうたお陰と云うのが生み出される。
なら、私くしの子供でもそうです、ね。それこそ士農工商とおっしゃるのだから。長男が士、いわゆる高等学校の事です、ね。若先生が普通高校。二番目が農業学校。三番目が工業学校。四番目が商業学校。 士農工商、足ろわせる為にお前は商業学校に行け。お前は農業高校に行けち、云うたっじゃなか。行きたい学校があったけれども出けなかったからそこになっただけの事。そして一番最後の栄四郎が高校卒業する時にお礼申させて頂いておったら。神様が、士農工商足ろうたと云うて喜んで下さった、ね。
足ろわなければね、足ろうたお陰でなからなければ、ほんとに神様が喜んで下さって生み出されたお陰ではないと思う、ね。
一家が、勢を揃えて足ろうてくる。あれも足ろうて来た、これも足ろうて来た、というように家庭の上に於いても、お陰を受けて行けれる、云うならば手立てが。合楽でまあ云われている合楽理念である。
この合楽理念の、云うならば誕生こそです、天地金乃神様がいよいよ合楽にかけられる、これが成就するならば、いよいよもって神の願いが、世界に成就する事の云うならば、第一階段が出来たと云う事になるのですから。
始めて、ね。云うなら天地金乃神様が世に出られる事の手立てが、合楽によって出来たと云うても過言じゃないと私は思います、ね。
始めてなら両方からの恩人、此方金光大神という事になるのじゃあないでしょうか、ね。
ただ合楽がお伺い所、ただ合楽がお陰頂くからお参りするのじゃなくて、本当に合楽理念を元にして、お互い日常生活させて貰ろうて、総てが足ろうお陰を、皆さんが一人一人が頂かれるという事によってです、ね。
云うならば、お陰を頂く為には、私くし共がです云うなら、ここで皆さんが云われる総てが親先生任せとこう云われる。
自分の都合の良い事だけは任せますでなくて、それこそ全身全霊が任せられる、と云う事になる時に、神様が又貴方の為に、全身全霊をもって、云うなら氏子任せになって下さるとお陰が頂けれる。そのお陰が現れておるのが、今の合楽教会であるという事で御座います。
だから、合楽教会に御神縁を頂く人達は、そういう足ろうたお陰をいよいよ頂き身につけて、ね。神からも氏子からも、双方からの恩人は此方金光大神である、と天地の親神様がおっしゃっておられる様な、実が上っていく信心をいよいよ身につけて行かなきゃならんと云う事になりますよね。
どうぞ。